実耳応答でヘッドホンとイヤホンの周波数特性を測ってみるの巻
(2012/8/19)
EtymoticResearch社のER-7C SERIES Bという外耳道に挿入して鼓膜直前の実耳応答を採る「プローブマイク」と言われるものを入手しましたので、
HD650とER-4Bの自分の実耳での応答(F特)を計ってみました。
【測定した理由・目的】
そもそも実耳での応答なんぞを測ろうとした理由は、
「ER-4BとHD650は双方とも概ねフラットな拡散音場応答(flat diffuse field response)である。」
・・という主張が、自分の主観とどうしても折り合いがつかないためであります。(まあくだらないといえば実にくだらない理由だわ)
HD650とER-4Bは、大型ヘッドホン(開放型)とバランスド・アーマチュア型のカナル挿入式イヤホンという極端なジオメトリの違いはありますが、
両機種ともにDiffuse-Fieldイコライジングに準じた周波数特性となっている、とされている製品です。
ER-4BについてはEtymoticEtymotic Research社のダミーヘッド+Zwislockiカプラーおいてフラットな拡散音場応答を得ている、との主張です。
また、この両機種を自分の実耳応答で比較するのは、今後色々な場面で拡散音場応答を基準とした測定結果を見る際に役に立つだろう、と思ったためでもあります。
【実耳応答の測定方法】
・プローブマイクロホンER-7C SERIES Bを用い、可能な限りプローブ先端(非常に柔らかいシリコン製チューブ。外径0.9mm)を鼓膜に近づけて測定した。
・プローブ先端の位置決めのために、予めプローブ先端単体を外耳道から挿入し、鼓膜に触れた位置(ガサっと音がします;)で、外耳道の入り口部分に来る位置をペンで印をつけて(自分の場合概ね30mmでした)、ヘッドホン、イヤホン測定時でもほぼ同じように鼓膜直前となる挿入量とした。
・また測定中にプローブの位置がずれないように、HD650の場合はテープで耳の下にマイクの本体部分(【写真2】左下の黒い円筒状部分)を固定する方法をとった。ER-4Bの場合は【写真2】のとおり、イヤチップの先端から約10mmプローブ先端が飛び出すように、イヤチップにプローブ先端を固定して使用した。
・刺激信号の生成はARTA(解析ソフト)のLogチャープ信号を使った。
・録音はER-7CのBNC出力から、PCのサウンドボードを通じ、ARTAへ入力した。
【実耳以外の応答の測定方法】
・HD650の外耳道入り口での応答の測定は、バイノーラルイヤホンSP-TFB-2Hを用いた(マイクカプセルはPanasonic WM-61Aと思われる)。
・ER-4Bのカプラ応答は、マイクM30の先端に内径7mmφ×長さ21mmのシリコンチューブを取り付けて応答を測定した。
【写真1】付属の校正チャート図と装置外観(見切れ)
付属チャートによると、下は200Hz、上は精々12〜13kHz程度までが使える範囲。下はもうチョイ欲しいが致し方なし。
【写真2】イヤホン(ER-4B)測定時のプローブ先端設置方法
ER-4Bの測定は、可能な限り空気モレを防ぐため、Shureのソフトフォーム(M)の一部に切れ込みを入れてチューブをセットする方法をとった。
こうすると、外耳道へセットした後にフォームが自然に膨らみ、シーリングが良好であったためです。
プローブマイクは0.9mmφの極めて柔らかいシリコンチューブです(使い捨て)。
先端は可能な限り鼓膜に近づける必要があります。そうしないと測定結果で高域が落ちてしまうためです。
鼓膜から6mm離れた場合には、精度は8kHzで±4dBに劣化してしまう。(Dirks and Kincaid,1987)
上の写真のセッティングでは、鼓膜ギリギリまで近づけることを狙っています。危ないのでマネしないでください(笑)。
※外耳道入り口から鼓膜までの距離は25mm〜30mm程度です。自分の場合はほぼ30mmでした。
【測定結果】
(1)HD650の外耳道入り口での応答
(2)HD650の鼓膜付近での実耳応答
(3)ER-4Bのシリコンチューブカプラ(内径7mmφ×21mm)での応答
(4)ER-4Bの鼓膜付近での実耳応答
上記(1)〜(4)の測定から、以下(5)〜(7)を得ることが出来た。
(5)上記「(1)引く(2)」の応答により、外耳道単体での応答を得た。
(6)上記「(4)引く(3)」の応答により、ER-4Bの実耳応答と自作カプラーの応答の差分を得た。
(7)上記「(2)引く(4)」の応答により、HD650とER-4Bの実耳応答の差分を得た。
以下に、各実測値を示す。
(1)HD650の外耳道入り口での応答(バイノーラルマイクを外耳道入り口に装着して録音) ※左は周波数応答、右はインパルス応答
(2)HD650の鼓膜付近での実耳応答(ER-7Cのプローブ先端を鼓膜ギリギリまで近づけて録音)
プローブマイクER-7Cの応答は200Hz〜12kHz程度しか信頼性がない点に注意。
(3)ER-4Bのシリコンチューブカプラ(内径7mmφ×21mm)での応答
(4)ER-4Bの鼓膜付近での実耳応答(ER-7Cのプローブ先端を鼓膜ギリギリまで近づけて録音)
プローブマイクER-7Cの応答は200Hz〜12kHz程度しか信頼性がない点に注意。
【参考】測定誤差の参考のため、別の日に測定したデータを記す。
この際に最悪のバラつき具合を把握するために、測定時にわざと密閉度が上がったり、下がったりするように様々な動作をした。
耳を下から手で耳を押し上げる動作をしたり(赤線)、逆に押し下げて耳の穴が広がるようにしたり(水色やオレンジの線)という動作を行い、測定のバラつき具合を調べた。
イヤホンの場合、耳の下から手で持ち上げたり、下げたりする動作をするだけでも容易に応答が変わってしまうことが確認出来た。
今回の測定では、何度かトライして手を使わずに最も密閉が高くなった(低音の音圧が高い)データを採用している。
(5)外耳道単体での応答((1)−(2))
自分の外耳道では、1/4λ共鳴により、3kHz近辺に14dB程のピークを生じていることがわかる。(誤記訂正:1/2λ→1/4λ)
(6)ER-4Bの実耳応答と自作カプラーの応答の差分((4)-(3))
実耳応答から、自作の非常に単純なカプラ応答(内径7mm×長さ21mmのシリコンチューブ+マイク)を引いた差分。
自分のカプラが、自分の実耳とどの程度ずれているかを表しています。
信頼できる帯域200Hz〜12kHzでも±8dB程も局所的なずれがある。
空気漏れの程度については(特に測定時に気を使ったのだが)、200Hz〜1kHzは、自作カプラ(ほぼ完ぺきに空気漏れがない)と比較しても、
実耳応答でも音圧低下はさほど発生していないように見える。
(7)HD650とER-4Bの実耳応答の差分((2)-(4))
実耳応答同士で、HD650とER-4Bの測定結果を比較した。差分(HD650)-(ER-4B)を下側のグラフに示している。
局所的な凹凸はあるものの、200Hz〜12kHzの範囲で全体的な傾向を見ると、概ね白線のように2dB/oct程度の傾きでHD650の低域の応答が高い傾向であることが分かる。
【結論】 自分の実耳応答をプローブマイクER-7C測定した結果、概ね以下のように結論できると思う。 ・HD650とER-4Bの鼓膜付近での自分の実耳応答では、10kHzを基準とすると、200Hzでは10dB以上HD650の方が低域は多い。 (この傾向はさらに低域まで続いているように見えていて、仮に20Hzまで延長すれば20dB弱ほどにもなる。※さすがに20dBまでの差とは思えないが・・・) ・様々な測定誤差を生ずる原因も考えられるが(本当に鼓膜直前までプローブが到達しているのか?、HD650やER-4B測定時の空気漏れは本当にないのか?・・等)、自分の主観的なHD650とER-4Bの周波数応答のキャラクターの違いはある程度説明出来ているようにも思われる。 |
以上
【参考文献】
[1]イヤホンの音響特性とIEC60711カプラの問題点,平原 達也 青山 裕樹 大谷 真 著,日本音響学会誌66巻2号,2010
[2]ヘッドホンの陥穽,平原 達也 著,日本音響学会誌55巻5号,1999
[3]聴覚実験に用いるイヤホンの諸特性,平原 達也 著,2007
http://auris.pu-toyama.ac.jp/PDF/ASJ20070927_2-2-1.pdf
[4]Audiology Treatment,Michael Valente 著 Thieme出版, 2008
[5]Between the Ears: the art and science of measuring headphones,Keith
Howard 著,stereophile web-site
http://www.stereophile.com/content/between-ears-art-and-science-measuring-headphones-page-3
[6]規格関連:IEC 60318-1,-2,-3,-5,-7, IEC 60711,ITU-T P.57,JEITA RC-8140A,JEITA
RC-8141A
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